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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)2084号 判決 1980年1月31日

控訴人

奈良いすゞ自動車株式会社

右代表者

鈴木健一

右訴訟代理人

高天弘房

被控訴人

株式会社ラツキー産業

右代表者

田嶋敏弘

右訴訟代理人

梅本弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〜二<省略>

三被控訴人主張の権利濫用の抗弁について判断する。

1  <省略>

2  しかしながら、本件各自動車に関する控訴人と田中及び被控訴人との間の契約関係は前認定のとおりであつて、要するに、(一) ユーザーである被控訴人がいすず車の買受けを希望して田中にその買付けを発注したので、田中がいすず車のデイーラーである控訴人と交渉した結果、控訴人は田中に対し田中の名において控訴人所有の本件各自動車を被控訴人に転売することを許容し、これに基づいて田中と被控訴人間の前記売買契約が締結され、(二) 次いで控訴人は、右の田中と被控訴人間の売買契約を完結させる目的で、田中との間で前認定の売買契約を締結したうえ、本件各自動車につき、田中を介して被控訴人から注文を受けた特別仕様等を施工し、被控訴人のため自動車諸税の納付手続や自動車登録手続等を代行するなどして、これが被控訴人への引渡しに協力し、(三) 前記の田中と被控訴人との売買契約においては、被控訴人は田中に対する代金を完済すれば本件各自動車の所有権を取得できるものと認識していたのであり、右認識は結果的には控訴人が田中に許容した転売の条件を超えるものではあつたが、そのように認識したことについて被控訴人に決定的な落度はなく、少くとも被控訴人が田中に対する代金を完済しても田中の控訴人に対する割賦金が完済されない限り本件各自動車の所有権を取得しえないことを容認したという事実はなく、(四) 他方、控訴人は田中との売買契約に際し、田中が割賦金を完済するまで本件各自動車の所有権を自己に留保する旨を約したが、右割賦金回収の手段としては田中を過信して同人の単名手形を受領しただけで、被控訴人が予期し田中も承諾を予定していた被控訴人振出しの手形を取得するなどの可能な手段をとらなかつた、というに尽きる。そうすると、前認定のとおり、田中は控訴人の特約店ないし販売協力店ではないけれども、本件各自動車の販売に関しては、いすず車のデイーラーたる控訴人がいすず車の販売の一方策として田中に仲介業者としての役割を果たさせたわけであり、かつ、控訴人としては田中から割賦金を回収してユーザーたる被控訴人に迷惑をかけないで済むための有効な手段をとりえたにもかかわらずその機会をみずからの責任で逸したことになるわけであるから、かような本件の事実関係のもとにおいては、田中からの割賦金の回収不能の危険や不利益は控訴人が負うべきであつて、これを被控訴人に転嫁するようなことは自動車のデイーラーとして許されるべきではない。

3  のみならず、<証拠>によると、被控訴人が本件各自動車の代金支払のため田中に対して振出し交付した前記各約束手形は、田中において間もなく銀行に割引を依頼して割引金の交付を得たが、その後、第一自動車の残代金の支払手形二通(金額合計八五万円)は満期に支払がなされて第一自動車の代金は完済されたこと及び第二自動車の残代金である割賦金の支払手形一二通(金額合計六二万〇三五〇円)は、各満期に所持人である割引銀行から取立に回されたが、被控訴人はいずれも契約不履行を理由としてその支払を拒絶したうえ、不渡処分を免れるため支払銀行に異議申立手続をとることを依頼して右各手形金額と同額の金員を預託していることが認められる。

(一)  そうすると、前記の認定判断に加えて、少くとも第一自動車について被控訴人が田中に代金を完済したとの右事実を併せ考えれば、控訴人がその留保所有権を根拠に被控訴人から第一自動車の占有の回復を計ることは、被控訴人に著しく大きな不測の損害を与えることとなるから、権利の濫用として到底許されないことが明らかである。

(二)  また、第二自動車については、被控訴人がその支払手形を決済するに至つていないことは前認定のとおりで、田中に対する割賦金を完済したとは言えない(被控訴人は、田中が右手形の割引金を受領したことにより、弁済ないし買戻しを解除条件とする弁済があつたと解すべきである旨主張するが、支払手段としての約束手形の性質上、振出人が所持人に対して手形金の支払をすることにより初めて原因関係上の債務についての弁済があつたと解すべきであり、被控訴人の右主張は独自の見解にすぎず、採用することができない。)けれども、前認定の事実のほか、田中証言及び被控訴人代表者の供述並びに弁論の全趣旨に照らすと、権利濫用の抗弁の当否を検討するうえで被控訴人が右割賦金の支払を了したと同視しうる程度に考慮に値する次の事情が認められる。すなわち、

(1)  第二自動車の代金の総額は一一九万五〇〇〇円であるが、被控訴人はそのうち頭金と下取車の分を支払済みであり、未払の割賦金は六二万〇三五〇円(右総額の約五一%にあたることが計数上明らかである。)である。

(2)  被控訴人は右割賦金の支払のため一二通の約束手形を田中に振出し交付したところ、田中はこれを間もなく銀行に割引依頼して割引金を受領し、経済的にはその時点で田中が割賦金の完済を受けたのと同様の利益を得ている。

(3)  被控訴人が右約束手形の満期に支払を拒んだのは、第一自動車の残代金(その支払手形の満期は昭和五二年一二月二五日)を完済しその所有権を取得できたものと考えたのに、当時田中が倒産し、円滑にその所有名義を取得できない状態となつたため、第二自動車についての割賦金(その支払手形の最初の満期は同五三年一月二五日)を支払うことに危険を感じたためである(<証拠>によると、控訴人は同五三年一月九日到達の書面によりいち早く田中に対し同人の代金不払を理由に本件各自動車についての売買契約を解除する旨の意思表示をした事実が認められるほか、<証拠>によれば控訴人は同年三月一六日大阪地方裁判所に対し本件各自動車につき自己の所有権を主張してこれに対する被控訴人の占有を解き執行官の保管に付する旨の仮処分命令(同庁昭和五三年(ヨ)第一〇六七号事件)を申請し、現に第一自動車についてはその執行をも了しており、被控訴人の抱いた危惧の念が杞憂にすぎないということはできない。)。

(4)  被控訴人は右約束手形の支払を拒絶してはいるが、その支払能力がないわけではなく、現に前記のとおり不渡処分を免れるために支払銀行に右手形金額と同額の金員を預託しており、善意の手形所持人に対しては迷惑をかけない旨を言明しているところ、右約束手形の所持人は田中からの割引依頼に応じた銀行であつて本件の契約関係につき善意であると推認できるから、既に田中が倒産して無資力となつている以上、右所持人から被控訴人に対して手形金の請求がなされる蓋然性は極めて高く、被控訴人としてもその支払をなさざるをえず、第二自動車についての本訴請求を認容することは、被控訴人に対しその代金を完済している場合と同様の二重の不利益を強いる結果となることが明らかである。

(5)  これに対し、万一、被控訴人が無資力となつて手形所持人に手形金を支払えない状態となれば、控訴人はその時点で被控訴人の代金不払が確定したものとして第二自動車の引渡を求めることができ、控訴人の本訴請求を現時点で排斥しても控訴人の所有権の行使を不能ならしめることにはならない。

右のとおりであるから、第二自動車についても、控訴人の本訴請求は現時点では権利の濫用として排斥すべきであると解するのが相当である。<以下、省略>

(日高敏夫 永岡正毅 友納治夫)

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